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『茶・栗・柿』(ちゃ・くり・かき)
― 愛媛県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

 むかし、あるところにおっ母(か)さんと息子があった。息子は少々頭(おつむ)が弱かったと。
 おっ母さんは、息子のことを心配して、
 「いつまでも遊ばせておいてもいけん。商(あきな)いでもさせりゃあよかろうか」
というて、カゴにお茶と、栗と、柿を入れ、
 「お前も大きゅうなったけん、今日はこれを持って町へ売りに行ってこい」
 そがい言うて、売りに行かせたと。
 ところが、息子は何と言って売ったらよいか分からん。
 「ええい、めんどうだ。
  チャックリカキー
  チャックリカキー」
と、大声で叫(さか)んだ。
  町の人たちは、チャックリカキーが、どんなものだかわからんから、だれも買わなんだ。そのうちに、子供たちがあとをついてきて、息子が  「チャックリカキー」 と叫ぶと、すぐあとから、  「チャックリカキー」 と、面白そうに真似(まね)をした。一日じゅう歩いても子供たちにからかわれただけで、ただのひとつも売れなんだ。

 家に帰った息子は、おっ母さんに、
 「売り歩いたけど、だれも買(こ)うてくれん」
というた。
 「お前、どがい言うて売ってきたや」
 「チャックリカキー、チャックリカキー、言うたが、ひとつも売れせんわい」
 「アホやのう。そがい何もかもいっしょくたに言うから売れんのじゃ。茶は茶で別々、栗は栗で別々、柿は柿で別々に言わなんだらいけん」
 こがあ、おっ母さんが言うのを、息子は、うん、うんとうなずいて聞いていたと。
 次の日、また、息子は売りに行った。町に着くと、
 「茶(ちゃあ)は茶でべぇぇつ別、
  栗(くりい)は栗でべぇぇつ別、
  柿(かきい)は柿でべぇぇつ別ぅ」
と、大声で叫(さか)び歩いた。
 町の人たちは、チャアハチャアデ ベーツベツ、クリーハクリーデ、ベーツベツ、カキーハカキーデ ベーツベツが、どんなものだかわからんから、だれも買わなんだ。そのうちに、昨日の子供たちがあとをついてきて、
 「茶(ちゃあ)は茶でべぇぇつ別、
  栗(くりい)は栗でべぇぇつ別、
  柿(かきい)は柿でべぇぇつ別ぅ」
と叫(さか)ぶと、すぐあとから、
 「チャアハチャアデ ベーツベツ
  クリーハクリーデ ベーツベツ
  カキーハカキーデ ベーツベツー」
と、面白そうに真似をした。一日じゅう歩いても子供たちにからかわれただけで、ただのひとつも売れなんだ。
 家に帰った息子は、おっ母さんに、
 「今日もひとつも売れんかった」
というた。
 「お前、今度は別々に言うたか」
 「うん、おっ母さんに言われた通りに、別々に言うた。
  『茶(ちゃあ)は茶でべぇぇつ別、
   栗(くりい)は栗でべぇぇつ別、
   柿(かきい)は柿でべぇぇつ別ぅ』
  って、ちゃんと言うた」
 おっ母さんはあきれて、
 「アホにつける薬はないのう」
というと、息子は真面目な顔をして、
 「飲む薬でもよいがなぁ」
とこたえたと。

 むかし こっぷり。
(C)フジパン
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今日のリンク 「艦これ」は自虐史観を矯正するか

アゴラ編集部


日本人は「自虐史観」などと言われて久しいんだが、オンラインゲーム『艦隊これくしょん~艦これ~』によって、戦前の日本が世界に冠たる大艦隊を持ってい たことを知る若い人が増えているようです。このゲームは本当に良くできていて、史実に準じたストーリーにより各軍艦のキャラが立っている。太平洋戦争では ほとんどの軍艦が沈められちゃうんだが、それも過度に「悲劇的」にならずに「物語」として見事に昇華させています。

ゲーム登録者数がすでに120万 人を超えた、なんてこともあり、関連出版物はもちろん、模型会社やコンビニエンスストアチェーンとのコラボから果ては便乗グッズ、エロ同人誌の展開にいた るまで、アキバ系などある方面では「艦これ」一色、という様相を呈しています。参戦したくても順番待ちで、切歯扼腕しながら掲示板などを眺めて無聊を慰め ている人も多い。一方、本体のほうは11月1日の定期メンテナンスの後、新しいイベントに突入する、ということで、参戦提督たちは17時のメンテ明けを今 か今かと待っています。

今回のイベントでは、大和型二番艦「武蔵」や阿賀野型軽巡2隻、伊号潜水艦2隻、さらに戦艦金剛の改二まで登場するようです。しかし、潜水艦はすでに2隻 登場しています。新たに2隻が加われば、特定のステージでは無敵じゃないのか。このあたり、何らかの調整が加えられるのかもしれません。史実で大戦中の潜 水艦は、対潜装備の航空機にとっては餌食でした。現状、敵側からの航空攻撃は受けないようになっています。対潜仕様の敵艦載機などが登場するんでしょう か。ワクドキですな。

世界最大の戦艦大和からそうそうたる正規空母群、当時最先端の重巡、何十隻にもおよぶ軽巡駆逐艦群など、旧日本海軍の陣容は、まさに世界でもトップ3の一 角をになうものでした。もちろん戦争は否定されるべきなんだが、日本人ならばこうした歴史的な事実は事実として知っておいたほうがいい。おそらく米国は今 でも当時の日本を脅威に感じているはず。実際、太平洋戦争は最後は圧倒的な力量差で負けたが、途中まではどうなるか微妙でした。戦前の軍艦という歴史的遺 物を並べてゲームにすることのできる国はそうありません。ちょっと大げさに考えれば、他国の国民にはとうてい味わえない快感、と言ってもいいでしょう。

艦これ海軍史~ダメ提督の野望~
艦これ四コマ15回、イラストコラム山城


 おいおい、ゲームで戦争の真実が分かりますかいな。
 しょぼすぎてびっくりするぜ、戦争だなんてそんなもんじゃないの。
 しかも唖然とすべきことに、こんなもんまでくっつけて来るとはねェ。

「艦これ」ついに“ケッコンカッコカリ”実装 禁断の「重婚」も解禁で真実の愛がいま試される

ねとらぼ 2月14日(金)17時29分配信



 「艦隊これくしょん」で以前から予告されていた新システム「ケッコンカッコカリ」が、2月14日のアップデートでついに実装された。

  「ケッコンカッコカリ」を行えるのはレベル99の艦娘のみで、別途アイテムの「書類一式&指輪」が必要。ケッコンカッコカリを行った艦娘はレベル上限が 150にアップし、耐久力や運、燃費の向上などの恩恵を得ることができるとのこと。また、専用の「ケッコンカッコカリボイス」や「専用母港ボイス」も追加 される。

 ケッコンカッコカリに必要となる「書類一式&指輪」は、今回実装される一連の新任務「式の準備!」を最後までクリアすることで無課金でも入手可能。また 「書類一式&指輪」はアイテム屋さんでも、一式700DMMポイント(=700円)で販売されており、購入することで複数の艦娘との“重婚”もできるよう だ。


 こんなん、俺はやらないからいいけど。
 問題なのは、この艦これで戦争の実態を知らねぇ奴が
 戦争をファッション感覚でとらえるってことだ。
 パレスチナではこんな結果だぞ。



 アフガニスタンではこうだぞ。



 お前らネトウヨが大好きな安倍晋三大明神は、
 こんな光景なんぞ何とも思わねぇぞ。
 武器商人と儲かったかどうかで話しているだけだぜ。
 そんなんでいいのかねェ。

 と昔の話、といっても昭和初期の時代のお話でございます。
 大阪の街の近くで壁職人をしている威勢のいい男、金太郎がおりました。その男には幼いころからの親友がおりまして、名前を文吾郎といいました。
 その文吾郎さんにはかわいいうえに賢い奥さんがおりまして、お道さんといいます。金太郎さんとも仲が良く、女房探しを手伝っておりました。

 「おう、どうした文さん」
 「いやぁ、すまないことに水壺が壊れてしまったんだ。この際ついでだから、二荷入りの壺にしてしまおうかとお道さんがいうものでね」
 「それならお安い御用だ」
 「何しろうちの人は買い物下手だけど金さんなら、買い物がうまいから頼りになるわよ」
 確かにそうです。この金さん、頭の回転はべらぼうに早いとききました。

 「ということか…。ついでの用事だから構わないが…」
 二人は大阪の瀬戸物町に来ていました。
 とある店、「鈴木屋」の店頭に立つと金さんは小僧に話しかけます。
 「おい小僧、番頭さん呼んでくれ」
 「はい、かしこまりました」
 中から出てきた番頭はなんだか風袋の上がらない男です。眼鏡をかけており何か特徴がありそうです。
 「いらっしゃいませ」
 「すまねぇが、一荷入りの壺がほしいんだ」
 「朝商いなもので、せいぜい勉強して安く負けても3円50銭でございます」
 「ぐだぐだいってやがんな。じゃあ聞くが、軒並みずーっと同じ商売ではなくて、朝商いでもなく勉強しないで安くしないでまけなかったらいくらだ」
 「3円50銭です」
 「それじゃ、3円にしてくれ」

 その帰りです。
 二人はてんびんに壺を担いでいました。
 「しまった、二荷入りの壺を買うんだったんだ」
 「文さん、大丈夫だ。この壺はもうそろそろ二荷入りの壺に化けるんだぜ」
 そういいながら頃合いを見計らい二人は元来た道をあるき出しまた店に戻りました。、
 「すまねぇすまねぇ、買いたかったのは二荷入りの壺でいくらだ」
 「その倍の7円です」
 「そこをなんとか6円でお勉強してくれ」
 「ううむ…」
 困っている番頭に主の鈴木秀右衛門が出てきました。
 「主人、この壺を6円でかいてぇがいいか」
 「構いませんよ」
 「で、もう一つ聞きますぜ。実はこの一荷入りの壺をいくつで引き取ってくれるんだ」
 「元値の3円でございます」
 「じゃあ、さっき渡した3円とこの壺の引取り代の3円で合計6円で、二荷入りの壺を持っていってもいいだろう?」
 「そういう勘定になります」
 というので、二荷入りの壺を運び出しました二人。

 すると、勘定のおかしいことに気がついた番頭が追ってきました。
 「お勘定がおかしいではございませんか」
 「何のことはありません、ちゃんと払ってますよ」
 「先程いただいたお代金が3円ですね。二荷入りの壺は6円、これはおかしいではありませんか」
 「壺を返金してこうなったんだ。問題ないでしょ」
 あまりのしつこさにうんざりした金さんが言います。
 「いっそのことそろばんを出して計算しなさいよ。嘘じゃないと分かるでしょ」
 番頭さんは金さんに言われてそろばんで計算します。そうしたら金さんの言う通りです。それでも割り切れない、苛立ちの秀右衛門が店内から大きなそろばんを持ってきて弾きます。
 「もう、不可解すぎじゃ。もう、けっこうです。この壺持って帰ってくださいな」
 「ははっ、こっちの思うつぼじゃ」



 お粗末様でした。

縄のれんに醬油樽、
切り回しているのは番頭と十二、三の小僧だけ
という、うらぶれた居酒屋に、
湯の帰りなのか濡れ手拭いを肩に掛け、
ドテラに三尺帯という酔っぱらいがふらふらと入って参りました。
  「おーい、小僧 お酒持ってきておくれ」
小僧 「へーい お酒は澄んだんですか、濁ったんですか」
  「おい、お前は人のガラを見るね。濁ったのなんか飲めるかよ、澄んだんだよ」
小僧 「へーい 上一升」
 「おい、ちょっと待てよ。一合でいいんだよ」
小僧 「へい、これは景気でございます」


無理やり小僧に酌をさせたこのお客、小僧に絡みまくっています。
 「なんだかすっぱいね、この酒は。辛口、甘口の酒は随分飲んだけど、酸っぱ口の酒てのははじめてだ」
小僧 「名前があります」
 「何て言うんだ。甲正宗 頭にくるような名前だな」
小僧 「お魚、何にしますか」
 「何ができるんだ」
小僧 「できますものはつゆはしらたらこぶあんこうのようなもの、ぶりにおいもにすだこでございます エーイ」
 「おっそろしく早いな、しまいのエーイだけ分かった。真ん中の方はさっぱり分からねえ。ゆっくりもう一度やってみろ」


小僧はゆっくり繰り返す。
小僧 「今申したものは何でもできます。何にいたしますか」
 「今言ったものは何でもできるのか。じゃあすまないが、ようなものを一人前持って来い」
小僧 「そんなものできません。」
客 「今、言ったじゃねえか。もう一ぺんやってみろ」
小僧 「できますものはつゆはしらたらこぶあんこうのようなもの・・ へへえ、これは口癖ですよ」
 「口癖でもいいから一人前持って来い。」
小僧 「壁に書いてあるものなら何でもできます」
 「一番最初の口の上てのは何だ。」
小僧 「口上です」
 「ああ、口上か、口上一人前持って来い」
小僧 「そんなものできません。その次ぎから何でもできます」
 「その次ぎ、何だい とせうけ てえのは、食ったことがねえな」
小僧 「どじょう汁です。肩の所に濁りがうってあります。いろは48文字濁りをうてば皆、音が変わります」
客は、い・ろ・ま・ぬ・などに濁りをうって言ってみろとからかい、小僧が真赤な顔で苦労するのを面白がる。
小僧 「棚に並んでいるものなら何でもできます。」
 「ぶる下がっている大きな口の魚は何だ。」
小僧 「あんこうでございます。鍋にいたしましてあんこう鍋」
 「その隣にしるし半纏着て、出刃包丁持って考えているのは何だ」
小僧 「あれはうちの番頭でございます。」


 「あれ一人前こしらえて来いよ。番公(=あんこう)鍋てえのができるだろう」


 たまにはこんな息抜きも楽しめるものでございます。

 ネウヨ亭ウヨ右衛門でございます。
 皆様、風呂に入られて首回りをよくあらわれましたでしょうか。当然ながら私は物騒なことはもうません。江戸時代というのは男女混浴の時代でございまして、それこそ若い娘に年老いた爺さんが混浴するなんて話はそう珍しくありませんでした。
 で、今の大分県に吉四六さんというとんち・奇才で有名な方がございます。この方は実在といわれておりまして初代廣田吉右衛門(1628年~1715年)がモデルと言われています。当然、おへまさんという奥さんもおりまして二人の墓といわれるものが現にございます。その後7代続く苗字帯刀を許された、弁指(小庄屋)でした。
 さて、そんな吉四六さんの住む村に、話を聞くのが何より好きな、お金持ちのおじいさん、佐東宗右衛門がおりました。
 しかし、宗右衛門には悪い癖があり人から色々と話を聞くんですが、話が面白くなると、「まさか、そげん事ぁねえじゃろう」と、必ず言うのです。そんな癖が続くものですから、この頃は誰も相手にしてくれません。
 「退屈じゃなぁ。誰か話をしちくれんかなぁ」
 「おや、宗右衛門はんやないですか」
 「なにかわしに面白いはなしをしてくれんかの」
 「まあ、しちゃっても良いが、話しん途中で、『まさか、そげん事ぁねえじゃろう』っち、言わん約束をしちくれんか?」
 吉四六さんが聞いてきました。
 「いいじゃろう。もし言うたら、米を一俵(いっぴょう、15㎏)やろう」
と、宗右衛門は約束しました。
 「それじゃあ、話しちゃろう」
 縁側に腰をかけると、吉四六さんが話し始めました。

「むかし、きれいすいちょるある国ん殿さまが立派なカゴに乗っち、家来を連れて旅をしていたんじゃ。殿さまんカゴが山道にさしかかると、どこからかトンビが一羽飛んぢ来ち。
『ピーヒョロロロロ』
っと、カゴの周りをグルグル舞い始めたんじゃ」
「ふむ、なるほど」
「『何と良い鳴き声じゃ。どこで鳴いておるのじゃ』
と、殿さまがカゴの戸を開けて体を乗り出すと、トンビが鳴きながら殿さまの羽織のそでに、
『ポトン』
っち、フンを落とした」
「ふーむ、なるほど」
 宗右衛門は米を一俵も取られては大変と、いつもの口ぐせを言わない様に気をつけています。
「殿さまは家来に言いつけち、
『はよう、羽織の代わりを持ってまいれ』
と、命じち、持って来た羽織に着替えた」
「なるほど、なるほど」
「羽織を着替えてしばらく行くと、また先程のトンビが、
『ピーヒョロロロ』
っち、鳴いたんで、殿さまがまたカゴの戸を開けて体を乗り出すと、今度はトンビのフンが殿さまん刀にポトン」
「うーむ。まさか・・・」
 おじいさんは言いかけて、危なく思い止まりました。
「殿さまは家来に言いつけち、刀の代わりのを持って来させた。
 しばらく行くと、またまたさっきのトンビが、
『ピーヒョロロロ』
っち、鳴いたんじゃ。
 殿さまがカゴの戸を開けて、またまた体を乗り出すと、今度はトンビのフンが殿さまん頭にポトン。
 すると殿さまは、
『はよう、首の代わりを持ってまいれ』
っと、家来に命じち、自分の刀で首をチョンと切ってな。
 家来の持って来た代わりの首とすげ代えち、そのまま何事もなく旅を続けたそうじゃ」
 おじいさんは、思わず、
「まさか、そげん事ぁねえじゃろう!」
と、大声で言ってしまいました。
「へい。米を一俵ありがとうございます」
 こうして吉四六さんは、おじいさんから約束の米をもらうと、さっさと帰って行きました。

 
 皆様方、ネウヨ亭ウヨ衛門でございます。
 今宵はネウヨ落語ということで、「おろか村」を披露させていただきます。

 ある江戸時代、ある田舎の村に街からお代官様が視察にやって参りました。季節は秋、お米の取入れが近づいた日でございます。
 この村はお代官様の接待がわかりません。何しろ皆様誰一人とて街に出た者はいませんでした。そして参りましたお代官様、佐東幽玄之助も全く農民たちのことはわかりません。庄屋の月屋小兵衛を呼びまして、こうおっしゃったのでございます。
 「わしはくねんぼうが欲しい」
 「くねんぼうでございますか」
 「とにかく持ってまいれ!」
 「ヘヘーッ!!」
 申しつけられた小兵衛さん、さあどうしたらいいのかわかりません。ちなみにこのくねんぼ【九年母】でございますがミカン科の常緑低木でござます。葉は大形で楕円形、初夏、香りの高い白い花をつけ、秋、黄橙色の甘い実を結ぶ果物でございます。果皮は厚く、種子が多いものでございます。
 困った小兵衛さん、北兵衛さんや福兵衛さんと相談しています。
 「くねんぼうって何でしょうか」
 「庄屋さん、あたしゃ分かりませんよ」
 何しろ北兵衛さん、田舎に引きこもっていたのですから全く町のことをわかりません。福兵衛さんは一度町に行ったのですが大恥をかいてそれ以来町を嫌がっています。福兵衛さんが町へ出て宿に止まりました際にその宿の部屋には屏風が立ててありましたが、屏風を初めてみるのでものめずらしく眺めていましたところ、つい手を出して触ってしまい、屏風が倒れました。
 急いで戻そうとしましたが、どうやっても立て方がわかりませんが、宿に人に聞くと「田舎者は物を知らない」と笑われるかもしれないので、結局端を一人で持って立て、それで夜を明かした為におお笑いものになってしまいました。それ以来町に一度も出ておりません。
 「よっ、どうした」
 「徳兵衛さん、あんたの知恵がほしい」
 「どどど、どういうことだ」
 唯一町のことを知っているというこの徳兵衛さん、大阪の呉服屋さんで修行していたのでございますが故郷に戻ってまいりました。
 「くねんぼう?そりゃ、切ってから九年経った木の棒のことじゃないのか」
 「それならなぁ、わかった」

 「お代官様、持ってまいりました」
 庄屋さんが持ってきたくねんぼうを見てお代官様、真っ赤になって怒り出しました。
 「いったいこれはどういうことだ!くねんぼうというのはそちの家の庭にも実っている橙色の果実のことではないか!」
 「だったら最初からそうおっしゃっていただけましたらよかったのに…」
 お代官様、ため息をつく始末であります。前任の風間中衛門から「この村はろくなことがないぞ」と警告を受けていたのですから。しかも庄屋さん、徳兵衛にすっかり騙されておりまして、故郷に錦を飾るといって戻ってきたのですが実態は散々失態を繰り返して破門になったのですから。
 とにもかくにも、庄屋さん、心をつくした料理で接待しました。
 「うむ、うまいぞ、このうどんは」
 「福兵衛の打ったうどんでございます」
 「だが、うどんの薬味にネギがほしい。ネギを持ってまいれ」

 また庄屋さん困ってしまいました。ネギというのは今の皆様方にしてみれば食べるネギなのであります。
 ですが彼らときたら見たこともなく栽培したこともございません。また徳兵衛の出番でございます。
 「そりゃねぎとは神主(禰宜)のことだ」
 そこで庄屋さん、神主を連れて行き
 「ねぎをもってきました」
 と言いましたが、代官は待ちきれずにうどんを食べてしまったので
 「もういらんから、庭にでも埋けておけ」
 と言いました。

 で、翌日でございます。
 お代官様は母屋から出て、庭を見て驚きました。
 「いったいこの神主はどういうことだ!」
 「昨晩あなた様が「庭にでも埋めておけ」とおっしゃられたではありませんか」
 「はぁ…」
 呆れかえったお代官様、ため息をつく始末でございます。

 「手水(ちょうず)を廻せ」
 お代官様は朝食を済ませましてこのように申し付けました。
 これは、「顔を洗う水をもってこい」という意味でしたが、案の定そんなことはわかりません。ちょうず、とはなにか、という話になりまた徳兵衛が出番でございます。
 「これは長い頭(長頭)の意味だ」
 「おい、八兵衛を呼んで来い!!」
 この八兵衛さん、村で一番顔の長い男でございます。
 「へい、なんでございやしょう」
 「お代官様の前で顔を回してくれ」

 お代官様の前に八兵衛さんが参りまして、
 「手水でございます」
 そういうなりお代官様の前で頭を回し始めました。ですがあまりにも張り切りすぎて目が回って倒れてしまいました。
 「これは本当におろか村じゃ」
 呆れたお代官様、肝心の仕事もそこそこに逃げ帰ってしまいましたとさ。
 ネウヨ亭ウヨ衛門でございます。
 さて、今宵は池波正太郎の小説、「鬼平犯科帳」に出てございまする、「盗みの三ヶ条」なるものをお話ししたくここに参りました。
 この言葉、伝統的な「本筋・本格の盗人」が守るべきこととされる掟でございまして、、「盗まれて難儀をする者へは手を出さぬこと、人を殺めぬこと、女を手込めにせぬこと」の三か条からなるものでございます。鬼平犯科帳の中ではこの掟を頑なに守る盗人や盗賊に対して、あの鬼の長谷川平蔵は比較的寛容な態度を見せるのではございます。
 さて、最近のネウヨを見てまいりますと最低の行為でございます。このことを踏まえて、お話ししようと思いまする。
 とある会社でできる在日コリアンの尹さんという方がおりました。その尹さんは最近日本国籍を取得しましたが、国籍を取得する際にそのまま民族名を使いました。その際のやり取りでございます。
 「あなた、国政を取得する際に必要な書類はそろっていますね」
 「何か不備はあるんですか」
 「申し訳ないのですがこの名前を今まで使っていた平本に変えていただけませんか。尹という姓はないんですよ」
 そう、尹さんは通称名を平本さんといい、今までは使っていたのです。ですが日本人の奥さんと結婚して息子さんや娘さんも生まれました。そこで日本籍を取得しようということになりました。
 この国籍取得、日本では大変な作業でございます。何しろ学校の成績表までもが必要になる代物でございまして、気軽にとれるものではございません。
 「おかしいじゃないですか。私は尹ですよ」
 「そこを何とか」
 お役人の頭も相当固いようでございます。ネウヨの皆様方は「通称名はズルをするための特権である」「そんなものが使えるなら自分も使いたい」なる定番であり常套句を使っておりますが、皆様方こそネットでハンドルネームを使って在日コリアンを差別するというズルい「特権」を駆使しているではありませんか。
 この尹さん、通称名を使うつもりはもともとございませんでした。そこで、いったん返事を自宅に持ち帰りまして奥さんと相談することになりました。
 「真理、このままじゃ尹の姓は使えない。でも僕は使いたいんだ」
 「ならば私に任せてよ」
 この真理さん、実は弁護士であります。大変頭の言い方です。そこで裁判所に武真理(姓が武)の名前を尹真理に変更する申し立てを行いました。当然申請は認められました。そして、そのあとに尹さんが役所を訪れました。
 「僕はやはり、尹という名前を使います」
 「でも…」
 「ここにあるじゃないですか。尹という姓が」
 確かに、担当者の目の前には尹真理という日本人の戸籍がございます。こうしてめでたく尹さんは日本人にそのままなることができました。
 その尹さん、ツイッターをやっていました。国籍を取得したことを明らかにしておりましたが、なんと多くのネウヨが襲撃してまいりました。

 「純日本人である自分には、帰化した人間の忠誠心を問い質す権利があるから」

 「お前は遺伝子的に劣っている」

 これにはツイッターの常連の「鬼平」兄さんも怒りました。

 「お前たちは江戸時代の盗人以下だ。ないところから奪おうとし、弱者をいじめ、人を侮辱する。これでは盗人たちも唖然とするぞ」

 「国家への忠誠心は個々の内省にあるものであって、お前たちが問いただす権利などない。俺も問いただす気にもならないがな」

 「在日はどうして帰化しないのか、帰化しないなら帰国しろと言っておきながら国籍を取得したら忠誠心だの遺伝子的に劣っているだので言いふらすとは矛盾も甚だしい」

 まさしく盗人の掟にも悖るネウヨどもでございます。
サンメリーダの梟(ふくろう)[1/13 23:18]

『体罰容認は軍国主義化につながる』http://amba.to/XvHs8p  

>KIITOSさん>>お前が、自分のコメントを簡潔に纏められていない所をつっこんでやっただけだよ(藁)。↑は、どこにツッコんだって?そういう事はちゃんと根拠を示してから言うもんだぜ。

http://now.ameba.jp/now/search/?query=Kiitos

 アルファとおるでございます。
 生きるお笑い芸人・「ザ・いいんだよ~ず」のビビる○木君がまたやってくれました。KIITOSさんの報告であります。


梟のチョンボ(笑)

 サンメリーダの梟(ふくろう)が、別のkiitosさんにコメントしてました。
  ↓
http://now.ameba.jp/now/search/?query=Kiitos

サンメリーダの梟(ふくろう)は、大文字と小文字の区別もつかないバカですね(大)(爆)(笑)。
2013/01/17(Thu.) KIITOS

 これに対して識者のふーくんさんはこうコメントしております。

梟はどこまでも梟(笑)

 KIITOSさんどうも、 ふーくんです。
 アメーバなう見ました(笑)
 ばかですね(笑)たしか前も何か関係ない人のブログへ突入して迷惑かけていたような気がしますが、hokkの珍行が目立つ中でふくろうは最近存在感が薄れていましたが、氏のブログで暴れたり小野さんの成りすましをするという不良行為からみて、じゅうぶんhokk一派の一員です(笑)
 いまにしてみれば、ふくろうとhokkは「親密?」な関係ですがhokkがブログをはじめて間もないころは気まずい関係でして、原因は詳しくつかめないのですがふくろうがhokkに何かしでかして、それに対してhokkは「私は誰ともつるまない(キリッ)」とかなんとか言って一種の絶縁宣言をしたのですが、ラム夫さんや私が問いただすとあわてて寄りを戻して不自然な仲良しごっこをし出し、今ではすっかり同化してしまって汚いネトウヨ仲間同士で戯れております(笑)
2013/01/17(Thu.) ふーくん

 ビビる○木さん、まさしく生きるお笑い芸人ですなぁ。

 私ネウヨ亭ウヨ衛門もここまでやられたらお笑い芸人の鏡と呼ばせていただきましょう。あっ、相方の『いいんだよ』さんが真っ赤になってハリセンを持ってきてビビる○木を滅多打ちにしています!ああーっ、暴力反対暴力反対!
 ネウヨ亭ウヨ右衛門でございます。
 今宵は吉四六さん落語、「鴨汁」でございます。この冬には皆様方はスープが恋しくなるでしょう。シチューです、おでんです、いろいろございますね。そこで吉四六さんというお百姓さんがおりました。この吉四六さん、頭の回転の速い男でございました。
 そんな吉四六さんにドケチの庄屋の坂田銀士郎はいつもやり込められておりました。そんな庄屋さんから吉四六さんにお使いが参りました。
 「吉四六どん、ええか?」
 「おお、庄屋どんのところの彦兵衛どん。おはよう、どうされた?」
 朝飯前の畑仕事をしておった吉四六さんは、大きく育った大根を抜きながら答えた。
 「昨日、庄屋様が、鴨を沢山撃っただ。鴨汁をしこたまごちそうするから、晩に家まで来いっちゅう事じゃ」
 「ほほぅ、鴨とは豪勢じゃな!」
 この頃の時代の食べものは、野菜や芋ばかり。たまに魚は食べられても、肉ともなると、ひと月に一度食べられるかどうかの時代でございます。
 「ほう、あのドケチの庄屋さんが鴨汁を御馳走するなんてよほど珍しい。相当かなりの鴨を狩ったのだろう。または骨董品の自慢かな」
 そう思った吉四六さん、思いっきり鴨汁を御馳走になろうと思い昼ごはんも夕ご飯も食べないで庄屋さんのところへ出かけました。

 「おお、よく来た吉四六。さあ、おかわりは一杯ある、存分に食べてくれ」
 庄屋さんはにこにこしながら、吉四六さんにお膳を勧めてまいりました。
 「やあ、いただきます。もう腹がグウグウ言っておりますで」
 吉四六さんはお椀の蓋を取ったところところが、鴨汁の筈が、汁の中には大根ばかりで鴨肉は申し訳な下げに一つ入っていたのです。庄屋さんはカモを取った時の自慢話(じまんばなし)をしながら食べております。しかも庄屋さんには鴨肉だらけでございます。
 「どうだね、カモ汁の味は。よかったら、どんどんおかわりしてくれ」
 吉四六さんがおかわりをしても、やっぱりダイコンばっかりです。
(ふん、何がカモ汁だ。これじゃダイコン汁と同じじゃないか)
 吉四六さんは腹を立てましたが、そこは我慢して、
 「とてもおいしいカモ汁でした。おかげさまで、お腹がいっぱいになりました」
と、お礼を言って帰りました。
 それを見て庄屋さんは、腹をかかえて笑いました。
「さすがの吉四六さんも、とんだカモ汁をくわされたもんだ」
 家に戻ってきた吉四六さん、奥さんのおへまさんに呆れた顔で言いました。
 「お前の鴨汁がおいしい方じゃ」
 「まさか、あのけちんぼ庄屋は大根汁を食わせるために呼びつけたのかい」
 「そこでお前にも力を貸してくれないか」
 「あいな」

 それから二、三日たったある日、おへまさんがあわてて庄屋さんの家へ駆け込んで来ました。
 「おい、どうしたのだ!」
 「庄屋さん、早く来て下さい! おらの畑に今、カモがどっさりとまっています。吉四六が捕まえようと躍起です」
 「何だって!?よし、すぐ行く!」
 庄屋さんは鉄砲を引っ掴んで肩にかけ、おへまさんのあとから走っていきました。吉四六さんの畑では吉四六がのんきに青首大根を引っこ抜いています。庄屋さんは目を細めて大根の葉っぱの間をじっと眺めていますが鴨の姿なんか一羽もいません。カラスや雀すらもおりません。
 「おい……吉四六?」
 「何でしょう? 庄屋様?」
 「鴨はどこだ?どこにおる? 鴨の姿はさっぱり見えないが? どこの陰におる?」
 「何を仰っておりますやら。ほれ庄屋様、そこに鴨がおるでしょう?ほれそこ、そこです、陰も何も丸見えでしょう」
 「カモなんか、どこにもいないじゃないか。わしをだますと承知(しょうち)しないぞ」
 庄屋さんはすっかり腹を立て、吉四六さんとおへまさんに鉄砲を向けました。
 でも、吉四六さんはビクともぜすにニヤニヤ笑いながら、一番手前の大根を指さしました。
 「おや? あんなにたくさんいるのが、見えませんか?この前の鴨汁にも劣らん、大きくて立派な鴨が、びっしりと土から生えておりましょう?どうです庄屋様、ほら鴨じゃ、鴨じゃ、立派な鴨じゃ!」
 大はしゃぎする吉四六さんの指差す方を見ると、一本の木にダイコンが何本もぶらさげてあります。
 「馬鹿者! あれはダイコンじゃないか!」
 「そら鴨じゃよ、庄屋様、ほら立派で首の青い鴨じゃ! わははは、鴨じゃ鴨、庄屋様の晩飯は、今日も鴨汁のごちそうじゃな」
 「むっ、むむ・・・」
 そこまで言われて、庄屋さんもようやく気付きました。吉四六さんは、大根の汁を鴨汁だと言った庄屋さんの言葉を逆手に取って、大根を鴨だと言ったことに。
「むっ、むむ…」
 さすがの庄屋さんも、うならされてこれには言い返す言葉がありませんでしたとさ。

 嘘を百篇繰り返しても真実は真実なのです。
 アルファとおるでございます。
 何やら、私のもとに一枚のデモテープが届いております。そこで聞いたところ、ひどすぎる内容に呆れました。何やら梟の仮面をつけた男が変な踊りをしているのですから。
 さらにへたくそな関西弁の男が踊っているのです。あまりのみっともなさにあきれてしまいました。それでは聞いてください、サンメリズの「見苦しくて」を!


見苦しくて見苦しくて
見苦しくて情けないよ

俺の事をからかったの?
国に好きと言ったのに
あいつのどこを気に入ったの?
俺はもう要らない?

君と手を繋ぎ踊りたい
沢山の人混みの中で
お前の笑顔だけが輝いて

愛されたかったのに嫌われて
ネトウヨどこ悪い?
ネカマでも構わない
お前と居たかった

見苦しくて見苦しくて
光を浴びて
見苦しくて見苦しくて
悲しみに撃たれて
見苦しくて見苦しくて
いざ辿り着いたこの世界はもう
見苦しくて見苦しくて
見苦しくて悲しいよ

----------

 後はあまりにもひどい内容なので、私のほうで止めさせてもらいました。
 さて、あるネトウヨサイトでいろいろな反ネトウヨ運動に関してネトウヨに一軒一軒報告しているゲップ男ことZEP01、あなたはとてもみじめな人間ですねぇ。たかしさんのブログ「たかしズム」や土佐高知さんのブログで、惨めな姿を晒し、やっとhokkなる者の迷惑ブログという自分の居場所にたどり着きましたな。
 そして反ネウヨの策略家のパブロン中毒女史や小野哲氏を誹謗中傷する愚かさ。そんなに文句があるなら本人に面と向かって言えばいいのでしょうが、事実と法律論という武器を駆使する相手に勝てないのがわかっているから誹謗中傷したのでしょう。
 ネウヨ活動をする者たちに関する精神分析は怪人五十面相殿がされておりますので、私めは行う予定はございませんが、悪口を言いたいなら「蒼い彗星群」にどうぞ。私はいくらでも構いませんので。
 さあ、世紀の一戦が訪れようとしております。
 私ネウヨ亭ウヨ衛門もこの試合を楽しみにしておりました、ネウヨの中の暴走王、一方通行選手と奇襲を得意とする謎のマスクマン、ゲッターズ飯田選手の大戦でございます。
 この試合の見所でございますが、在日コリアンへの憎悪ばかり叫ぶサンメリーダの梟選手が休場のようでございます。盟友の暴走王一方通行選手がまさかここまで暴走するとは思いもしませんでした。それに対して飯田選手、奇襲戦法で暴走王をここまで苦しめてきました。
 決着の時が参りました。両者、入場であります!挑戦者飯田選手には温かい拍手が送られております。それに対して暴走王にはブーイングの荒らし。なのに暴走王はふてぶてしい表情で動じません。いつの間にか人間の常識をどこに置き忘れてしまったのでしょうか!?
 ここから先は両者の試合にゆだねたいと思います。両者がにらみ合います。審判の上海さんとパブロン中毒さんが両者の身体をチェックしておりますが問題なしと判断したようです。上海さんが主審、パブロン中毒さんとふーくんさんが副審のこの試合、時間無制限で行います。
 ゴングが鳴り響きました!!
 恐縮でございます、ネウヨ亭ウヨ右衛門でございまする。
 今宵はちと一席、つまらぬものではございますがひとつお付き合いいただきたくよろしくお願い申し上げる次第でございます。
 さて、江戸時代といいますと、「喧嘩と花火は江戸の華」とも言われておりますように、江戸っ子にとっては花火が娯楽の一つでございました。もともと花火と申しましても江戸時代前からございまして、日本最古の花火に関する記録といたしましては、足利義教将軍時代の室町時代の公家万里小路時房の日記『建内記(建聖院内府記)』の文安2年3月21日条に、浄華院における法事の後に境内にて「唐人」が花火と考えられる「風流事」を行ったとのこと。
 そこでは、竹で枠を作り、火で「薄・桔梗・仙翁花・水車」などの形を表現したもの、火が縄を伝って行き来するといったものや、「鼠」と称し火を付けると「走廻」るもの、手に持って火を付けると空中を「流星」のように飛ぶもの、などが披露され、時房は「希代之火術也」と賞賛し、褒美を与えておられまする。
 また、かの戦国時代に置きましてはイエスズ会が花火を使われたり、伊達政宗が居城の米沢城で、天正17年7月7日夜、「大唐人」による花火を見物したというものや、慶長18年に徳川家康が駿府城内で外国人の行った花火を見物したという伝承もございまする。
 とにかく、花火はこうして日本に伝わって行きましたが、江戸幕府は慶安元年に隅田川以外での花火の禁止の触れを出しており、花火は当時から人気があったようでございます。当時の花火と言いましても、今のおもちゃ花火、鼠花火、狼煙花火などとなっておりまする。
 さて、現存する日本で最も古い花火業者は、江戸の宗家花火鍵屋であり、万治2年に大和国篠原出身で小さい頃から花火作りに長けておられた初代弥兵衛が葦の中に星を入れた玩具花火を売り出し、これが人気を博すこととなりました。弥兵衛はその後研究を続け、両国横山町に店を構え、「鍵屋」を屋号として代々世襲するようになり、その後大型花火の研究を進め、享保2年には水神祭りに合わせて献上花火を打ち上げるほどになりました。
 現在でも夏の恒例行事となっている隅田川花火大会の原型である「両国の川開き」、享保18年5月28日に行われました。そのきっかけとなったのが前の年、享保17年に起こった大飢饉でして、西日本一帯で、いなごの大群が発生するなど全国的な凶作となったほか、江戸市中に今で言うコレラが流行して多くの死者を出した。これを重くみた8代将軍吉宗は、翌年5月28日にその尉霊と悪病退散を祈って、隅田川において水神祭を挙行いたしました。この折、両国橋畔の料理屋が公許を得て、同日川施餓鬼を行い、花火を上げたといい、これ以降、川開き初日に花火を打ち上げるのが恒例となったとのことでございます。
 ちなみに鍵屋の今でいうライバルでございますなら玉屋でございました。玉屋は鍵屋の手代でございました清吉が文化7年に暖簾分けをし、市兵衛と改名の上、両国広小路吉川町に店を構えたのが始まりでございます。しかし、玉屋のほうは、事もあろうに時の将軍・徳川家慶公が日光に参詣する前日に火災を起こし、天保14年5月に取り潰しになってしまったのでございます。しかし、なぜか掛け声は未だに『玉屋〜♪』。
 さて時は安永、川開きの当日は花火大会が開かれており、両国橋は大勢の人でごった返しておりました。そんな中を馬に乗り、お供を連れた侍が通りかかりました。身動きが取れないのでございますが、侍達は町人達を無理やり掻き分けて通ろうといたしました。
 その時でございます、反対方向から道具箱を担いだたが屋が通りかかりました。
 「いけねえ、川開きだ。えれえことしちゃったなあ。もっと早く気がつきゃァよかったなあ。といって、永代橋を回っちゃしょうがねえし、吾妻橋へ引き返すのもドジだし、どうにもしょうがねえ。しかたがねえ。通してもらおう。すみません」
 唯でさえ混雑している上に侍の登場だ、たが屋はあちこち振り回された上に道具箱を落っことしてしまいましてその途端、中に入っていた箍(たが)が弾けてその先が侍の笠を弾き飛ばしてしまいました。
 『おいこら、これはどういうことだ』
 『お許しくださいませ。腰の抜けたおやじと目の悪いおふくろがあっしの帰りを首を長くして待っています。助けてください』
 『わが村松藩堀家の藩士、鈴木秀左エ門幸重の名を汚す愚か者め、手打ちにしてくれるわ』
 『お侍様、おやめくださいよ。悪意があってやったわけではございませんよ』
 町人たちもお侍さんをなだめようとしますが、カンカンになったお侍さん、びた一文動きません。
 「とにかく我が屋敷にきてもらおう。そこでじっくり話は聞く」
 『お許しくださいませ』
 「だめだ、ここまで動くのでは手打ちにしてくれる!」
 その時でございました、開き直ったたがや、ついに堪忍袋の緒が切れてしまいました。

「血も涙もねえ、眼も鼻も口もねえ、のっぺらぼうの丸太ん棒野郎ッ。四六の裏め」
「なにッ」
「三一(さんぴん)てえんだ」
「無礼なことを申すと、手は見せんぞ」
「見せねえ手ならしまっとけ」
「大小がこわくないか」
「大小がこわかった日にゃ、柱暦の下ァ、通れねえ。斬れるものなら斬ってみろ!!」

 気圧された供侍が斬りかかってくるが、刀の手入れが悪い上に稽古もサボっていたせいで腕もガタガタ、あべこべにたが屋に刀を叩き落されてしまう有様。慌てて拾おうとするが、たが屋が手を伸ばすほうが早く、供侍は切り餅みたいに三角に。必死のたがやは侍の刀を奪って、次々と供を斬り殺していく。こりゃどちらが侍かわからない有様でございました。
 焦った秀左エ門、馬から下りて中間から受け取った槍をぴたっと構えました。今までの奴と違って隙はない、そこでたが屋はわざと隙を作ってみせました。そこへ秀左エ門が突きかかってくる槍の千段巻きを、たが屋はぐっとつかみ、遣り(槍)繰りがつかなくなった侍は槍を放して刀に手をかける。が、たが屋が横一文字に刀を払うと…。
 勢い余って武士の首が宙天にピュー…。
まわりにいた見物人が
「上がった上がったィ。たァがやァい」
 お粗末さまでございました。

http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/08/post_57bf.html
落語あらすじ事典 千字寄席  たがや/落語より引用
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